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新潟地方裁判所 昭和52年(ワ)375号 判決 1979年8月29日

原告

田琪

被告

株式会社小川園

主文

一  被告は原告に対し金三五〇万三五九五円およびうち金三二〇万三五九五円に対する昭和四九年一二月二四日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行できる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金七六七万八二七二円およびうち金六九七万八二七二円に対する昭和四九年一二月二四日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和四九年一二月二四日午後〇時一二分ごろ、新潟市西湊町三の町三三〇五番地先交差点において南方の湊町通四の町方面から北方の赤坂町方面に向つて直進して来た原告運転の普通乗用自動車(以下、原告車という)に、西方の六の橋通方面から東方の入船町方面に向つて直進して来た渡辺正秋運転の普通貨物自動車が衝突し、その結果、原告は脳挫傷、頸髄不全損傷、頸部挫傷、胸部打撲および義歯破損の重傷を受けた。

2  被告の責任

被告は右渡辺運転の普通貨物自動車(以下、被告車という)を所有し、自己のために運行の用に供していた者であるから、原告に対しその運行供用者として事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。また渡辺は被告に雇用されていた者であり、その業務に従事中、前方注視を怠り、また交差点内に進入するに際し、徐行をしなかつたため本件事故を惹起したものであるから、被告は原告に対し渡辺の使用者として事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。

3  損害

原告が本件事故のために蒙つた損害は次のとおりである。

(一) 治療費 金八四万四七四四円

原告は昭和四九年一二月二四日から同五〇年三月二七日までの九四日間新潟市西堀通七番町の長谷川病院に入院し、その後も現在まで引き続き同病院に通院して前記傷害の治療を受けているほか、昭和五〇年五月同市古川町の行形歯科医院で義歯調製の治療を、同年七月一日から同年九月三〇日までの間二〇回にわたり同市本町通一二番町のマツサージ師本間栄一のもとでマツサージ施術を、同年一一月一九日から同五二年三月九日までの間同市旭町通一番町の新潟大学医学部附属病院耳鼻咽喉科に通院して(実治療日数六日)前記傷害の治療を、それぞれして貰つた。また長谷川病院に通院中、担当医師の許可を得て同市西大畑町の猫山宮尾病院および同市浮洲町の浮洲診療所で診断治療をして貰い、さらに昭和五三年九月には同市横七番町の黒川医院および同市青山の塚野歯科医院でも治療を受けている。それに必要とした治療費は、長谷川病院関係金四九万二五七八円、行形歯科医院関係金二一万一〇〇〇円、マツサージ師本間栄一関係金二万四〇〇〇円、新潟大学医学部附属病院関係金二万五七四三円、猫山宮尾病院関係金一万三五六三円、浮洲診療所関係金一万八〇三〇円、塚野歯科医院関係金四万八一七〇円、黒川医院関係金一万一六六〇円、計金八四万四七四四円である。

(二) 入院雑費 金四万七〇〇〇円

原告が長谷川病院に入院中に要した雑費は一日金五〇〇円、九四日分で金四万七〇〇〇円とするのが相当である。

(三) 付添看護料 金二一万八〇〇〇円

原告が長谷川病院に入院中付添看護を必要としたので、二〇日間は専門の付添婦に依頼し、あとの七四日間は原告の三女順子が仕事を休んでこれに当つた。その付添看護料は、専門の付添婦につき一日金三五〇〇円、右順子につき一日金二〇〇〇円、計金二一万八〇〇〇円とするのが相当である。

(四) 通院交通費 金一七万六四〇〇円

原告が治療を受けるため前記各病院に通院するにはタクシーを利用せざるを得ない状態であつたところ、昭和五二年八月二八日までの間に要したタクシー代は計金一七万六四〇〇円である。

(五) 逸失利益 金六四七万八〇三七円

事故当時、原告は銅鉄材商徳本商店を次男、三男の二人の子およびほか一名を従業員として使つて経営していた。右営業は個人経営であり、原告は従業員と異なり給与の支払いを受けていたわけではないので、原告自身の収入を詳らかにすることは困難である。しかし、右営業による原告の収入は少なくとも年間金一三七万四六〇〇円(賃金センサス昭和五〇年第一巻第一表女子労働者五五ないし五九歳による。ちなみに、本件事故は昭和四九年中に発生したものであるが、昭和五〇年に近くなつてからのことなので、昭和四九年のものではなく昭和五〇年の同表によるのが相当である。)を下廻るものではなかつた。ところが、原告は前記傷害のため事故の日からその症状が固定した昭和五二年二月二八日までの間全く働くことができなかつた。のみならず、その後も原告には頭痛、易疲労性、両側難聴、めまい、右上下肢のしびれ等の後遺障害が残存しているため軽度の労働以外は不可能であり、そのため原告はその労働能力の四四パーセントを失い、このような状態は向後七年間は継続すると考えられる。したがつて、原告は事故の日から昭和五二年二月二八日までの二年二か月間に少くとも金二九七万八三〇〇円、その後の七年間に金三四九万九七三七円(ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除)、計金六四七万八〇三七円の得べかりし収入を失つたものである。

(六) 慰藉料 金四六〇万円

原告は本件事故により重傷を負い、その治療のため長期間の入院および通院を余儀なくされ、現在においても後遺症のためほとんど働くことができないばかりか、月のうち相当日数を寝込んでしまう状態にあり、その精神的、肉体的苦痛は甚大であつて、これに対する慰藉料は金四六〇万円とするのが相当である。

(七) 自動車修理費用 金三三万二九四〇円

事故のため破損した原告車の修理に要した費用は金三三万二九四〇円である。

(八) 弁護士費用 金七〇万円

原告は本件訴訟の提起遂行を弁護士平沢啓吉に委任し、第一審勝訴の際に報酬として金七〇万円を支払うことを約した。

以上(一)ないし(八)の損害は合計金一三三九万七一二一円であるが、本件事故については原告の側にも過失があり、その割合は原告の四に対し渡辺の六とみるのが相当であるので、右(一)ないし(七)の損害合計金一二六九万七一二一円からその四割相当額を減じたうえ、既に受領済みの自動車損害賠償保障法に基づく保険金六四万円を差し引くと、その残額は金六九七万八二七二円である。

よつて原告は被告に対しこれに右(八)の損害を加えた金七六七万八二七二円およびそのうち(八)の損害を除いた金六九七万八二七二円に対する本件事故発生の日である昭和四九年一二月二四日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因第1項の事実は認める。

2  同第2項の事実のうち、被告が被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたことおよび渡辺が被告に雇用されていたことは認める。

3  同第3項中、

(一)の事実のうち、原告の傷害の治療経過は不知。治療費については猫山宮尾病院関係分および塚野歯科医院関係分を除いて認める。猫山宮尾病院関係の治療費は金四〇六八円である。

(二)の事実は認める。

(三)の事実は認める。

(四)の事実は否認する。

(五)の事実は否認する。原告の休業損害および労働能力喪失による逸失利益を算定するに当つては、算定の基礎となる収入は賃金センサス昭和四九年第一巻第一表(女子労働者五五歳ないし五九歳)によるべきであり、昭和五〇年の同表によるのは相当でない。また原告の労働能力喪失率は四五パーセント、喪失期間は六年とすべきである。

(六)の慰藉料の額は争う。右慰藉料は金三一〇万円とするのが相当である。

(七)の事実は否認する。

(八)の弁護士費用の額は争う。

三  抗弁

1  本件事故については、原告の側にも原告車の進行方向の交差点の手前に一時停止の標識が設置されていたのに、一時停止を怠り漫然交差点内に進入した過失がある。また仮に原告が右標識が設置されているところで一時停止をしたとしても、原告には、左(西)方から進行して来た被告車の動静を注視せず、被告車が接近するまでには交差点を通過できると軽信して交差点内に進入した過失がある。したがつて、被告が賠償すべき損害額を算定するに当つてはこれを斟酌すべきであり、この場合、渡辺は交差点の手前約五〇米に達したとき被告車の速度を時速三〇キロメートルに減じていることからすれば、その過失割合は原告の七に対し渡辺の三とみるのが相当である。

2  本件事故のため被告車も破損しその修理のためには金二四万七八五〇円を必要としたので被告は当時、時価三〇万円の価値のあつた被告車を廃車として処分し、同額の損害を受けた。また被告は第三者に対し事故のためその所有物に生じた損害として金四万四〇〇〇円を支払つたが、これは元来原告が負担すべきものである。

そこで、仮に原告がその主張の自動車修理費相当の損害を蒙つたとしても、昭和五四年五月三〇日の本件第一四回口頭弁論期日において、被告は原告のこの損害金債権と被告の右被告車の廃車による損害金債権金三〇万円、代位弁済による求償金債権金四万四〇〇円、計金三四万四〇〇〇円とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する答弁

1  抗弁第1項の事実のうち、原告が一時停止を怠つたことは否認、原告と渡辺の過失割合は争う。

2  同第2項の相殺の効力は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  原告主張の日時、場所において、その主張のような交通事故が発生し、そのため原告が脳挫傷、頸髄不全損傷、頸部挫傷、胸部打撲および義歯破損の傷害を受けたこと、および被告が被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたことはいずれも当事者間に争いがなく、これによれば、被告は原告に対し被告車の運行供用者として事故により原告が蒙つた損害を賠償する義務がある。

二  そこで、右損害の数額について検討する。

1  治療費 金八四万四七四四円

原告本人尋問(第一、第二回)の結果に弁論の全趣旨を合わせると、前記傷害のため原告は事故の日である昭和四九年一二月二四日から同五〇年三月二七日まで九四日間新潟市西堀通七番町の長谷川病院に入院し、その後、昭和五三年五月二二日(第一回目の原告本人尋問がおこなわれた日)現在においてもなお引き続き同病院に通院して治療を受けているほか、その間に同市古川町の行形歯科医院で、同市本町通一二番町のマツサージ師本間栄一のもとで、同市旭町通一番町の新潟大学医学部附属病院で、同市西大畑町の猫山宮尾病院で、同市浮洲町の浮洲診療所で、同市横七番町の黒川医院で、同市青山の塚野歯科医院で、それぞれ治療をして貰つたことが認められる。それに必要とした治療費は、長谷川病院関係分金四九万二五七八円、行形歯科医院関係分金二一万一〇〇〇円、マツサージ師本間栄一関係分金二万四〇〇〇円、新潟大学医学部附属病院関係分金二万五七四三円、浮洲診療所関係分金一万八〇三〇円、黒川医院関係分金一万一六六〇円であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第六ないし第九号証、原告本人尋問(第二回)の結果により真正に成立したと認められる甲第一一号証の一、二によれば、猫山宮尾病院関係分金一万三五六三円、塚野歯科医院関係分金四万八一七〇円であることが認められ、その合計額は金八四万四七四四円である。

2  入院雑費 金四万七〇〇〇円

原告が長谷川病院に入院中に要した雑費は一日金五〇〇円、九四日分で金四万七〇〇〇円とするのが相当である(ただし、この点は被告の認めて争わないところである)。

3  付添看護料 金二一万八〇〇〇円

原告は長谷川病院に入院中付添看護を必要としたため、二〇日間は専門の付添婦に依頼し、あとの七四日間は原告の三女順子が仕事を休んでこれに当つたこと、その付添看護料は付添婦につき一日金三五〇〇円、右順子につき一日金二〇〇〇円、計金二一万八〇〇〇円であることは被告の認めて争わないところである。

4  通院交通費 金一六万一〇〇〇円

成立に争いのない乙第二号証、原告本人尋問(第二回)の結果とこれにより真正に成立したと認められる甲第一三ないし第一一二号証によれば、原告は長谷川病院に入院中の昭和五〇年三月二四日から退院後の昭和五四年七月三日までの間に一五九日、一六一回(一日に二か所の病院等に通院した日が二日ある)にわたり同病院をはじめ浮洲診療所、猫山宮尾病院、黒川医院、塚野歯科医院に通院して治療を受けたのであるが、症状が重篤でバスなどの一般交通機関を利用するのが困難であつたので、通院の都度タクシーを利用したことが認められるところ、前認定のとおり右病院等がいずれも新潟市内にあることを考えると、通院に要したタクシー代は通院一回につき往復で金一〇〇〇円、計金一六万一〇〇〇円とみるのが相当である。なお、右甲第一三ないし第一一二号証記載の金額の合算額はこれを超えるが、原告本人尋問(第二回)の結果によれば、右各号証記載のタクシー代のうちには通院以外の目的でタクシーを利用したものも含まれていることが認められるので、その全部が通院のために要したタクシー代とはいえないし、右各号証と原告本人尋問(第二回)の結果だけでは通院のために要したタクシー代を的確に把握することはできない。

5  休業損害 金二四五万四四〇〇円

原告本人尋問(第一、第二回)の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故当時五六歳であり、家庭の主婦として家事に従事していたほか、夫に先立たれた後、そのあとを継いで銅鉄材商「徳本商店」を経営していたところ、前記傷害のため事故の日である昭和四九年一二月二四日からこれが症状固定の状態に至つた昭和五二年二月二八日までの間、療養に専念することを余儀なくされ、その間、教員をしていた次男が職を辞して右営業に従事し、三男もこれを手伝い、また家事は次男の嫁にやつてもらつていたことが認められ、これによれば、原告は事故による傷害のため右二年二か月の間にその営業によつて得られる筈の収入を失つたことになるが、原告本人尋問(第二回)の結果によれば、右営業は個人経営であり、その収支が家計のそれと区分されていないため右営業による原告の収入を詳らかにすることは困難であることが認められる。そこで、「賃金センサス」昭和四九年第一巻第一表女子労働者五五歳ないし五九歳の年間給与額金一一三万二八〇〇円を基礎とし(なお、原告は、本件事故が昭和四九年末に発生していることから昭和五〇年の同表による年間給与額を基礎とすべきことを主張するが、本件事故が年末とはいえ昭和四九年中に発生したものである以上、昭和四九年の同表による年間給与額を基礎とするのが相当である)、右期間中の原告の休業による損害を算定すると、次のとおり、その金額は金二四五万四四〇〇円である。

金1,132,800×(2+2/12)=金2,454,400円

6  労働能力喪失による逸失利益 金二六一万六九〇三円

成立に争いのない甲第一号証、鑑定人蛯谷勉の鑑定の結果および原告本人尋問(第一回)の結果によれば、原告の前記傷害は昭和五二年二月二八日症状固定の状態に至つたが、原告には頭痛、疼痛等感覚障害、めまいおよび平衡機能障害等の後遺障害が残存しており、その程度は労働基準法施行令別表第2の身体障害等級表の八級に該当することが認められる。これからすれば、原告はその労働能力の四五パーセントを喪失し、少くとも向後六年間はそのような状態が継続すると考えられるので、前記年間給与額を基礎としホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して原告の右労働能力喪失による逸失利益を算定すると、次のとおり、その金額は金二六一万六九〇三円である。

金1,132,800円×45%×ホフマン係数5.1336=金2,616,903円

7  自動車修理費用 金三三万二九四〇円

原告本人尋問(第二回)の結果とこれにより真正に成立したと認められる甲第一二号証によれば、事故のため原告車は破損し、その修理のために金三三万二九四〇円を要したことが認められる。

(過失相殺)

以上1ないし7の損害は合計金六六七万四九八七円であるところ、被告は、本件事故については原告にもその主張のような過失があるというので、検討するのに、いずれも成立に争いのない甲第五号証の四、五、七、一二、同号証の一〇の記載の一部、証人渡辺正秋の証言の一部および原告本人尋問(第一回)の結果によれば、次の事実が認められる。すなわち、(1)本件事故現場は、南方の新潟市湊町通四の町方面から北方の同市赤坂町方面へ通じる幅員八・六メートルのアスフアルト舗装の道路と、東方の同市入船町方面から西方の同市六の橋通方面へ通じる幅員八・〇メートルのアスフアルト舗装の道路とが十字型に交差する地点であり、現場附近においては、いずれの道路も直線となつているため前方の見通しは良好であるが、道路沿いに建物が密集しているためいずれの道路上からも交差点の直前に至らなければ交差する道路上を見通すことは不可能であるところ、右交差点においては交通整理はおこなわれていないが、右南北道路上には南側と北側のいずれにも交差点の直前に一時停止の標識が設置され、路面には停止線が引かれたうえ、その手前に「止まれ」と印されていること、(2)原告は原告車を運転して右南北道路を南方から北方へ向つて進行し、交差点の手前で標識に従い一時停止をしたあと、再発進しようとしたとき、右東西道路上の西方約二五メートルの地点に東方に向つて進行して来る被告車を発見したのであるが、同車両が接近するまでには交差点を通過できると考え、そのまま発進し交差点内に進入したこと、(3)一方、渡辺は被告車を運転して時速約四〇キロメートルの速度で右東西道路を西方から東方へ向い、速度を時速約三〇キロメートルに減速して交差点に接近したところ、その手前約一〇メートルの地点で原告車を発見したが、最早何の措置もとる暇もなく、交差点のほぼ中央で原告車の前部左側に被告車の右前部が衝突したこと、以上の事実が認められる。ところで、被告は、第一次的に本件事故について原告には交差点の手前に一時停止の標識が設置されていたのに、一時停止を怠つた過失があると主張し、前示甲第五号証の一〇および証人渡辺正秋、同小川寛邦の各証言中にはこれに副う記載部分ないし供述部分があり、これに成立に争いのない甲第五号証の六の記載内容を合せると、原告が交差点の手前で一時停止を怠つた疑いも多分に存するところであるが、前示甲第五号証の七、一二および原告本人尋問(第一回)の結果と対比すると、右各証拠から直ちにそのように断定することは困難である。

右認定の事実によれば、原告は交差点で標識に従い一時停止し再発進しようとしたとき、東西道路上の西方約二五メートルの地点に被告車を発見したのであるから、同車両との距離やその速度を注視し、同車両の通過を待つてから交差点に進入すべきであるのに、同車両が接近するまでには通過できるものと速断し交差点内に進入したことは原告の過失であることは明らかである。一方、渡辺は被告車の速度を時速約三〇キロメートルに減速して交差点に接近したことは前認定のとおりであるが、右認定のとおり、道路沿いに建物が密集しているため交差点の直前に至らなければ交差する南北道路上の見通しが困難であつたのであるから、南方もしくは北方から交差点内に進入する車両があつても、直ちに急停止してこれとの衝突事故の発生を回避できるよう予め被告車の速度を時速一〇キロメートル程度に減速し徐行すべきであつたのであり、これを怠つたのは渡辺の過失であるということができる。このように本件事故は原告と渡辺の右のような過失が競合して発生したものであり、渡辺は被告車の速度を減速して交差点に接近したとはいえ、その速度は時速約三〇キロメートルであつて徐行といえるものではなく、その過失は必ずしも軽度のものとはいえないが、右認定のとおり、南北道路には交差点の手前に一時停止の標識が設置されていて、東西道路を進行する車両の方が南北道路壱進行する車両よりも優先関係にあるにもかかわらず、東西道路上の西方約二五メートルの地点に被告車を認めながらその通過を待つことなく交差点内に進入した原告の過失も重大であり、その過失割合は渡辺の四に対し原告の六とみるのが相当である。そこで、前記1ないし6の損害合計金六六七万四九八七円からその六割を減ずると、その残額は金二六六万九九九五円である。

(相殺)

前示甲第五号証の五、および証人小川寛邦の証言によれば、本件事故の際、原告車は交差点の北東角にある佐々木寅一方に突込んで停止し、その建物の一部を破損したため、被告が佐々木に対しその請求に基づきその損害金として金四万四〇〇〇円を支払つたことが認められる。しかしながら、右損害は原告と渡辺の双方の過失により第三者に加えたものであるから、前記の過失割合に従い原告はそのうちの六割に相当する金二万六四〇〇円を負担すべきところ、被告が右損害金の全部を支払つたことにより被告は原告に対し右被告負担分と同額の求償金債権を取得したというべきである。そして、被告が昭和五四年五月三〇日の本件第一四回口頭弁論期日において、原告の前記7の損害金債権と被告の右求償金債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは記録上明らかであり、これによれば、右損害金債権は金二万四六〇〇円の限度で消滅したというべく、前記過失相殺後の損害金二六六万九九九五円からこれを差し引くと、その残額は金二六四万三五九五円である。なお、被告は、原告の右7の損害金債権と被告の被告車の破損による損害金債権金三〇万円との対当額による相殺を主張するが、民法第五〇九条は本件のような双方の過失に起因する同一の交通事故によつて生じた物的損害に基づく損害金債権相互間の相殺についても適用されると解するのが相当であるから、被告の右主張は理由がない。

8  慰藉料 金一二〇万円

本件事故によつて受けた原告の傷害の部位、程度およびその治療経過ならびに後遺障害の部位、程度およびその存続期間等に鑑みると、原告が本件事故のために蒙つた精神的および肉体的苦痛は極めて大きいことを容易にうかがい知ることができる。しかしながら、本件事故については原告にも前述したような過失があるのみならず、証人小川寛邦の証言によれば、本件事故のため被者車を運転していた渡辺も負傷し、被告車が破損するなど、被告の側でも相当の損害を蒙つたが、被告としては原告にその賠償を求める意思がないことが認められ、以上の事実を合せ考えると、本件事故のために蒙つた原告の精神的苦痛に対する慰藉料は傷害関係分と後遺傷害関係分を含めて金一二〇万円とするのが相当である。

(損害填補)

前記相殺後の損害金に右慰藉料を加えた損害は金三八四万三五九五円であるが、原告が自動車損害賠償保障法に基づく保険金六四万円の支給を受けたことは原告の自認するところであるから、これを差し引くとその残額は金三二〇万三五九五円である。

9  弁護士費用 金三〇万円

本件審理の経過や請求の認容額に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は事故当時の現在価額で金三〇万円とするのが相当である。

したがつて、被告は原告に対し保険金控除後の損害金に右弁護士費用を加えた金三五〇万三五九五円と保険金控除後の損害金三二〇万三五九五円に対する本件事故発生の日である昭和四九年一二月二四日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

三  よつて、その余の点に触れるまでもなく、原告の請求は右説示の限度で理由があるからその範囲で正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚一郎)

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